まっさらな青

【注意】戸部牧前提の金→戸部です。金吾が失恋する話。何でも読める方のみお進み下さい。


青い初恋(金吾十三歳  夏の終わり)



忍術学園にいつものように牧之介がやってきた。ひと通り大騒ぎをして、戸部先生に勝負を挑んで、すったもんだの末これまたお約束通りボコボコに自滅した。

ただ、おかしい。普段ならとうに帰っているようなタイミングで鼻歌交じりに先生の後をついていく。先生も渋い顔をしている割には黙ったままなぜかそれを咎めない。

教員棟の近くでうろうろしていると、あ、おまえ、部屋絶対開けんなよ、と牧之介に念を押された。なんだかどこか様子が変だ。むくむくと好奇心が湧いてきて、物持ちのいい庄左ヱ門からうさぎ印の遠眼鏡を貸してもらった。どんよりとした空。木に登って外から覗くと格子窓の中が薄暗く見える。

「……!?」

筒の中の光景に息が出来なくなった。白昼堂々押し倒されて、睦みあっているようにしか見えないあれは……あれは、牧之介?
着物が大分はだけている。戸部先生がどんな顔をしているのかは見えないのだけど、そのまま慣れたようにふたり、口を吸い合ったのは分かった。遠眼鏡を持つ手が小刻みに震える。

その時。
しまった、ときまり悪そうな、少し申しわけなさそうなあいつの目と僕の遠眼鏡ごしの目が合った。ああ、やらかしてしまったと思うと身体中の血がすううと冷えてくる。ドクドクと早鐘を打つ胸の音がうるさいくらいに聞こえる。

物音を立てまいとしながらじりじりと木を降りた。踵を返し、あとはひたすらぽつぽつ雨の降り出した裏山の方角に当てもなく向かう。息も出来ないくらいに走った。思い切り噛んだ唇が痛い。

よりによって、どうして先生が牧之介を抱いているところを見てしまったんだろう。あれがどこのものとも知れない誰かであったら、はたまた先生の伴侶になろうという女性であったら、まだどんなに良かったことか。笑って新たな門出をお祝いしたかったのに。

牧之介にもほんとうに悪いことをした。いつからこうなのかは分かりやしないけど、隠したがっていたのに暴いてしまった。普段は未だにふたりして仲が悪い振りをしている。だけど、先生にとってあいつが大事な存在である事なんてぼくが気づかないわけがない。

しかしどうしてだろう、頭がズキズキと痛い。涙を必死にこらえようとしたものの無駄だった。一度こぼれたものはきっと涸れるまで止まらないなと諦める。共に湧き出てくる感情がどうしようもなく暗い。こんな関係だったとは夢にも思わなかった。ただでさえ苦しい胸はさらにギリギリと締め付けられる。

そうか、ぼくは戸部先生のことが好きだったんだな。憧れを抱き、忍術学園に入学してから早四年。先生の後ろ姿を見ながらいっしんに剣術の道に取り組んできた。

今頃になってこの感情に気づいた。こんな弟子でごめんなさい。いつまでも先生に頭を撫でてもらえるような弟子でいたかったんです。それでも、今は、どうしようもないくらい好きなんです。ごめんなさい。

とうとうしゃっくりが出始めた。酷い泣きべそ顔を誰にも見られたくなくて、雷の響く黒い空の下をただひたすらにがむしゃらに走る。あ、折角の遠眼鏡がこの雨で台無しになってしまう。

裏山の中腹には雨をしのげそうな小屋がある。そこへ濡れねずみになって飛び込んでしまおう。そうしてこれまでとこれからの分の恋心を一緒くたにして、全部ぶちまけてしまえたらな。(おわり)


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