お団子
五月晴れの昼下がり。
こんな気持ちの良い陽気なのに、私のお腹はギュルギュル…と音を立てていた。
昨日の晩、酒に酔ったついでに財布を盗賊にくれてやってしまったのだ。
「腹減った…」
小石を蹴りつつ、ぶつくさ言いながら歩くこと四半刻。いい加減限界だ。すると、一町程先の茶屋の前で戸部新左ヱ門がげっそりした顔で座っているのに気づいた。
「…うぉぉ…これは昼飯をたかる絶好の機会…!」
最後の力を振り絞って、全速力で新左ヱ門に近づく。
「おっ牧之介…今団子食うか?この前あった剣術大会の優勝商品が甘味食べ放題でな…」
「ホントか、ホントか??昨日から何も食べてないんだ」
天下の剣豪が戸部新左ヱ門風情に懐柔されているのを見られたら大変だ。
私は辺りをキョロキョロ見回しつつ、新左ヱ門の節くれだった手を引いて一気に建物の中へ走った。
(お二人様、いらっしゃいー)
「新左ヱ門、おごってくれるんだよな?
とだから…あの、一緒に食べたかった訳じゃないからな?」
言い訳をするかのように早口でまくし立てる。
「はいはい、分かった分かった」
それから程なくして、店内にお待ちどおさま〜と声が響き渡る。
「嘘だろ…戸部ちゃん…」
盆に山盛りの団子がそれはそれは大量に載っていたのだ。食欲をそそる香ばしい砂糖醤油の匂い…
涎がつうーっと垂れてくる。
「早速いただくぞー!!」
「あっ、牧之介、ちょっと待て」
団子を掴もうとする手が一瞬止まる。
「先ずは私に団子を食べさせてくれ牧之介…ちょうど腹が減って手が動かんからなぁ」
新左衛門がニヤリとわざとらしく笑った。
「戸部のばかあ!お預けさせやがって…」
でもここではさっさと食わせてやればいいだろう、と大人しく手にした団子を口に含ませた。
「おっ、こりゃうまい団子だ」
「私にも早く食べさせろ…」
とすかさず新左ヱ門にやった団子を取り返して食べる
「うん、ふまいなぁ…新左ヱ門、もう食わんのか?」
「私にはこれで十分だ…さっさと昨日の分まで腹に入れておけ…」
「…それはそうと、きょうのこれは逢い引きみたいだな」
「あ、逢い引き言うなぁ!」
そっと囁かれた言葉になぜだか顔が熱くなり、まともに返事ができなかった。
一刻程で、三十はあった大量の団子が腹に消えていった。本当なら腹の心地がだいぶ良くなってうたた寝気分になりたいところ。
けれども途中から頬を緩ませる隣の戸部が気になり、団子の味も途中から良く分からなくなってしまった。
茶屋を出た後も、私は新左ヱ門の元を離れられていない。
お互い無言のまま、どれだけ歩いただろうか…
出会った時にあんなに高かった日は、少しずつだが傾いてきて、辺りは薄暗ささえ覚えた。
突然、新左ヱ門がこちらを見る。
ど、どうしたんだという間もなく、私の口をいきなり塞いだ。
舌に唾液が絡まりぐちゃぐちゃと音がする。
「ん、ん、んぐ…」
「うん、まだ団子で口が甘いぞ牧之介」
「お、お前もだ…!急に何するんだよ……」
じたばたしてやっとの事で舌を離した。顔が火照っているのがありありとわかり、必死に顔を袖で覆った。
戸部新左ヱ門は明らかに上機嫌な様子であった。そのまま言葉を続ける。
「ここから少し行ったところに長いこと使われていない寺があるんだが…行くか?」
人を食ったような顔で笑う新左ヱ門が少し憎らしい。
さっきからただでさえ赤い顔に更に血が上ってしまう。
「ばか…!何を言う…だいたいいつもの調子はどこへ行ったんだ…だらしないぞ戸部新左ヱ門…」
「そうだな、好きなだけ言っているがいい」
「…戸部ちゃんのばかぁッ…」
「こらこら、戸部ちゃん言うな」
新左ヱ門が余裕たっぷりな調子で答えるのが少し悔しい。
それでも手を振りほどくことができず、薄暗く人気のない山道を、顔を隠し隠し手を引かれてゆく私であった。(おわり)
2020年5月29日