冬にはレモンガム
駄菓子の話をしたい
久しぶりにぽかぽかとした日差しがガラス越しに布団を照らしていた。昨日までのいかにも冬らしい寒さはどこへ行ってしまったのか、とはっきりしない頭で考える。次第に床につくまでの記憶が蘇ってきた。
まずい……月曜……燃えるゴミ……!
壁際の時計に視線をやると、あと五分で八時半。溜まりに溜まった黄色いゴミの袋と目が合った。すっかり忘れていた。冷や汗がだらりと流れる。慌てて布団から飛び起きた。着の身着のままで袋を両手に、鍵も持たぬまま階段を駆け下りる。
息付く間もなくどうにか集積所にたどり着いた、が、時すでに遅し。けたたましい音を立てて去っていく青いゴミ収集車の背中を見ることしか出来なかった。
まったく、こんな時間までまどろんでいたのか。これが戦地なら致命傷だというのに。人を殺めるための剣術からはとうに離れたにも関わらず、未だにそんな方向に考えが及ぶ。
しかしまあ、よくよく考えてみると忍の道に足を突っ込んだ癖に酒にも夜にも弱かった。ましてや人を傷つけることすらなくなった今ではさもありなん。気配を察知する力も弱くなった数百年程度では変わらないのかもしれない。
「戸部新左ヱ門!」
振り向くと向こうにいたのは両手に何やら提げた牧之介だった。
「なんか元気ないな……って!!ふはは、その格好はゴミ出し忘れたんだな」
「か、揶揄うな!」
牧之介は腑抜けたような顔で笑う。お前がしょっちゅう来るからこんなに増えるのだとぼやきたくもなった。
ところで、牧之介の持っているものをまじまじと見てみる。中身がぎゅうぎゅうに詰まった小さなレジ袋からは色とりどりの包装が透けていた。チカチカとして寝起きの目には眩しい。
「ああ、コレか?昨日駄菓子屋行ってきたんだ、通り2本行った先の曲がり角のとこ...
景気づけに食え!」
「だがその前にゴミをどうにかせんと」
「持ってやる!軽いほう」
「あ、それ持って合法的に入る積もりだな」
「にゃはは、バレたか!」
牧之介はそのままアパートへ突進していった。そこそこ歳がいっている癖して子どもっぽい表情が抜けないあいつを追いかけた。ドアのを開けないと部屋に入れないのに、と一瞬思ったが鍵は開け放しだったことをすぐに思い返した。
炬燵の天板には思ったよりもたくさんの駄菓子が置かれていた。
「はあ、ペペロンチーノなんて駄菓子があるのか」
「味はほとんど塩ラーメンだがな、駄菓子屋はいろいろあるぞ、どうせならお前も連れてくか」
「私が?私が行って迷惑がられないか?というかお前店に迷惑かけていやしないだろうな」
「流石に今更ばあちゃんは殴らんぞ……
私もいろいろあって駄菓子屋なんざココに来てからだ、別に気にすんな」
「お前もそうだったか」
「この際食いたいもの全部買っとけ、多分小学校の下校時刻前に行きゃあばあちゃんも怒らん」
「悪くないな」
「あ、そうだ……お前ほんとに駄菓子知らんのだったな?」
牧之介はしばしレジ袋をゴソゴソやって、掴んだものを取り出した。
「まずは……このガムがいいな、ウマいぞ」
そう言って黄色の粒を2粒取り出した。一粒は私の手に載せもうひとつは自分の口にぽいっと放り込む。と、その時私の口内を強烈な酸味が襲った。
「っつ……!酸っぱ!は……図ったな牧之介……」
「うへへ、すっぱいの出たか!三分の一の大当たりだぞ!吐き出すなよッ」
気がつくと日はもう随分高くなっていた。
ホーム