牧之介が刀を手放さないわけ

花房牧之介が刀を手放さないわけ
牧之介が刀を両手で持つシーンが散見されるのは単に重いからなのでは……という話

「※※※」

血だらけの着物を纏った新左ヱ門が暗闇でなにか言うのを聞いた。

「……はっ!」
気がつくと代わり映えのしない居候先の納屋である。戦乱続きで捨てられた村の外れにある納屋を私は暫く寝床としていた。山がちだからか辺りはまだ薄暗がりだ。
そういえば、おかしな方向に曲がった身体が痛い。藁に沈んで眠っていたせいか少々寝違えてしまったようだった。悪い夢を見たな、と、ほっと一息着こうとしたが、何故だか嫌な汗が止まらなかった。
「しんざえもん……」
なにかに突き動かされるような衝動が頭を巡る。うずたかく積まれた藁に頭を突っ込んで暫くご無沙汰していた大小の刀を探した。指先がとんと柄に当たると安堵でため息が漏れる。
「よしッ」
長雨のせいで錆びていやしないかと刀の頭から先まで小屋の窓から透かしてみた。一寸だけ抜いた打刀は朝日を浴びてキラリと光った。

打刀の方は忍術学園のバザーで手に入れたものだ。聞くところによるとこの刀、元々は戸部の私物だったようだ。

見た目とは裏腹に、刀は差しているだけでもずしりと重たい。両手で斬りつけるのだって楽なことではないのだ。ましてや片手で軽々と扱うことなどそうは出来ない。少なくとも私はすぐへたばる。

総じていえば、剣を扱うものと言えど刀が武器はおろか重荷にしかならない奴が少なくないのだ。つまりその、刀を取って一年そこらの私も……まだ駄目だ。まあ相手をこけ脅すのが目的で、長物でハッタリを掛けるだけじゃあそれで足りる。もっともらしく誂えた竹光を持ち歩いたっていいはずだし、実際そうしている剣豪の話も耳にしたことがある。

だが、やはり戸部は一流の剣豪なのだ。柄に僅かに残る赤茶けた染みを見返した。

新左ヱ門はおそらく人を殺めるのを罪悪と感じるごく真っ当な部類の人間だ。そしてああ見えて真っ直ぐな奴だ。そして私はそんな新左ヱ門に憧れている。それに口に出来ないような感情を持て余している。殺気を孕んだその目に見つめられたい、そしてその目をいつまでも見ていたい。

あと何年生きられるか分からない身だ。だが生きてやる、足掻いてやる。何度足蹴にされようと疎まれようと挫けないだろう。
お前の傍にいるだけで私がどれだけ幸せだろうか。今生でいっとう好いた奴へむけて私はきょうも刀を抜く。

(今のところ刀は年一で質屋入りなんだけど、まあそれはそれとして)



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