縛られもの

縛られいいな……という話

「にゃっ、うにゃああああ」

「お、お前、こっちに来るな!」

密書を某城へ届けに行った帰り道、今宵は星の降る夜である。
不意に、冷たく暗い空気を場違いな大声が切り裂いた。ミノムシのごとく簀巻きになった大きな黒い塊が、こちらへ猛烈な速さで走ってくる。

「はあ、はあ……こよいの花房牧之介は一味違うぞ……!!」

真夜中の襲撃をされた日には普段なら相手を睨みつけるところだがこの間延びした気配は……刀に手をかけるまでもない。立ち止まった物体はよく見なくとも牧之介だと分かった。何とまあ、上半身を荒縄でぎゅうぎゅうに縛られている。いつもの傍若無人は何処へやらと言わんばかりの涙目だ。

「あー、昼間のことだ、この近くで戦があった。で、なんか金目のもんがないかと思ってな」

「で、返り討ちにでもあったのか」

「いやぁ〜、金は手に入ったんだ!その金でうどん食べようと思ったらつい食いすぎて……で何とかここまで逃げたのだがこんなになった」

「はあ……そんな所が関の山だと思った。自業自得だ、私には関係ないぞ」

「あはは、ま、それは……そうとも言える!ま、口上はこれくらいにしてはやく解いてくれないか」

「まったく……お前と関わるとろくな事にならんな」



短刀を隙間に少し入れると縄はぶつりと音を立て千切れた。少し肌蹴た袂から細い赤紫の鬱血痕が見える。

「薬を付けてやるからそこを見せろ」

懐から膏薬を取り出す。

「うわあすごい変な色」

「化膿止めの薬草入りだ、染みるが暴れるなよ」

「ちょっ待てしんざえも……いだ!いだだだ!」

「動くな!と!言っただろ!」

牧之介の肩を膝に押さえつけて無理やりに塗りこんだ。背中の上の辺りは真っ赤に腫れていた。

「ひ、い゙ああ!!!いだいッ……」

と。不本意なことに体の血が頭に集まった。どくんどくんと耳の奥で鼓動が聞こえる。次に動かす指の動き1つで決まる。手を汚した者の持つ血の欲動を放たまいとして、握り締めた左手に力を込めた。

懐の手拭いを裂き肩を縛り終わった時には牧之介はさっきの事が嘘のように、呑気に眠たそうな具合でうつらうつらしていた。いい加減膝から退かそうかと思ったのだが、しばし私の心中など知ったこっちゃないような阿呆面を見続けていた。この厄介な感情にどう折り合いをつけたらよいものか、そう思った。
(おわり)

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