お手紙
お手紙(戸部牧)
近ごろ牧之介が毎日のようにやって来ている、らしい。というのは勝負するどころか碌に話してさえいないからだ。机の中に溜まっていくのは牧之介の置いていく手紙の包みばかり。
ここ数週間ほど、夜な夜な私は忍術学園の極秘任務に駆り出されている。裏々山のふもとで闇討ちを企てているという山賊の偵察だ。とはいえ、本日も学園の授業予定はぎっしり。
丑三つ時にやっとの思いで長屋に帰ると、後はそれこそ泥のように眠り朝を迎える。
見つからないようにこっそりと起き、井戸の水を被って疲れを誤魔化す、そんな生活を続けていた。
まだまだ大丈夫だとは思っていた。しかし当然、そのツケは少しづつ溜まってくるものである。
「ねえ喜三太聞いて、戸部先生が最近怖いの…」
「たしかに〜!戸部先生、なんかこう…ピリピリしてるよね〜」
ある夜、任務から帰ってくると金吾たちが長屋の一室で喋っていた。三十路の戯れ言と笑うのも構わないが、正直言えば少し落ち込んだ。生徒たちに気づかれるほど酷い様だったとは…
ところで目が覚めると今朝も、下手な字で書かれた挑戦状が自室の前に落ちている。
「今度の満月の夜、勝負しにいくぞ!
だからそれまで戸部新左ヱ門たる者、私以外にやられるなよ!!」
手紙を拾い、そっと開くと紙いっぱいにそう墨書きしてあった。
「全く牧之介も困ったもんだ…この学園は侵入するやつを拒まんからなあ」
けれど口にはするものの、どうしてだか捨てる気にはなれないのだ。
「ようやるな、私なんかに…」
そういえば長かった任務もあと数日だ。終わったら一度くらいはあいつの勝負に付き合うとするか。
手紙を文机の引き出しの隅に押し込んだ。(おわり)
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