青嵐


例のアニメネタ 戸部牧

結局のところ瀕死と聞いた牧之介は鼻水ひとつ垂らさず、顔色ひとつ変えることなく再び戸部の前に現れた。
騙し討ちまで使って無理やり勝負を持ちかけた挙句、間合いを間違えて腐った床板に思い切り突っ込んだのは牧之介らしいお約束のような負け加減である。
無様な呻き声をあげる床下の男を尻目に、戸部と乱きりしん三人衆はさっさと廃屋を後にしたのだった。

床に伏した牧之介を目にして己が初めて口にした言葉は戸部自身大いに心外だった。
前提は崩れていないはずだ。牧之介のことが苦手だということ、そして学園にやって来られるといつだって迷惑であること。
実際あらゆるトラブルがあいつの無計画と見込の甘さによってこちらに持ち込まれてくる。しかしそれでいて、いくら避けようとしても変わらず懐っこいのが妙に癪に触るところだった。

いつしか認めたくないがあいつの巻き起こす喧騒が私の日常に染み込んでいたのだろう。だからあいつが長くないと聞いた時、いても立っても居られなくなったのは紛うことなき事実だった。
まさか戸部はあの男が己の命を抵当に入れてまで勝負の材料とするとは思ってもみなかった。結果的にはいつも通り横滑りする牧之介の狂言回しに付き合わされただけだったのだが。 「勝負」というのが万金に値しうることだと直情的に示した牧之介は今にも此岸を乗り越えてしまいそうなほどに危うい。
生きること、逃げることを第一とする忍びの世、そして武士の誇りを唯一神として崇める侍の道の両方を覗いてきた戸部である。彼の価値観が再びゆらゆらと揺れていた。 いつもの「ゆらり」がここにきてますます酷い。

戸部は道端の石に何度も足を取られた。見かねた乱太郎達が口々に言い募る。


「これにて一件落着ですね」
「……いや、余計な心配が増えたというかなんというか。変わり身の術といいまあ酷いもんだ」
「先生、なんだかんだ牧之介のこと心配してたんだー」
「そ、そんな訳ないだろう!私はただ、牧之介が野垂れ死にでもしたら周りに迷惑になるだろうと」
「……センセイ、その顔牧之介に見せない方がいいっすよ」

きり丸の呟きで戸部の歩みが止まる。慌てて三人もそれにならう。不意に爽やかな初夏の風が4人の間を吹き抜けた。

いったい私はどんな顔をしていたのだろう。僅かに生じた感傷は数分後にこちらに全力疾走してきたはた迷惑な台風によって吹き飛ばされることになる。

「へへ、戸部ちゃん、ようやく追いついたぞ!私も腹減った!勝負はまた今度ってコトで」
「牧之介、ああまでやっても懲りんのか……」

牧之介は戸部の足元にすがりついて離れなかった。峠のうどん屋はもうすぐそこだ。山々を一望できる見晴らしのよいあそこは春の終わりにふさわしい処だろう。
戸部の両隣には鼻歌を歌う食べ盛りが4人。ただでさえ給料日前なのだ。素うどん一択でも手持ちで足りるかどうか。財布の重さを確かめつつ、戸部は肩の荷が下りたかのように深いため息をついた。

(おわり)

2023年4月25日

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